永戸祐三さん
を偲んで

〜 社会連帯のために、現場に寄り添い続けた生涯 〜

永戸祐三さんの生き方・姿勢に心から敬意を込めて。
多くの人に寄り添い、社会的連帯の実現に奔走した
その軌跡をここに記録します。

ご経歴・プロフィール

永戸祐三さんは、働く者自らが仕事をつくり、「よい仕事」を目指す「協同労働」を社会に提起していく運動を常に先頭で牽引し続けてきました。

1947年京都府竹野郡下宇川村袖志(現在、京丹後市丹後町袖志)で生まれる
1973年全学連(全日本学生自治会総連合)委員長
1982年中高年雇用・福祉事業団全国協議会 事務局長
1995年日本労働者協同組合連合会 理事長に就任(2009年にも二度目の就任)
2009年日本労働者協同組合連合会センター事業団 理事長に就任
2012年一般社団法人日本社会連帯機構 代表理事に就任
2017年労働者協同組合センター事業団特別相談役
2020年長年制定のために尽力した「労働者協同組合法」が成立
2025年6月著書「協同労働がつくる新しい社会」出版
2025年7月逝去(享年77歳)

写真でたどる永戸祐三さん

聞く/訴える

対談・対話

労働者協同組合法制定へ

発言でたどる永戸祐三さん

「くもりガラスを手でふいて明日が見えるか」

全日自労大会で
第二組織部長として発言

「人類の大道を行け」

労協新聞編集部からの求めに応じて
ペンネームで詩を寄稿

「抵抗と創造-自治を高める」

日本労協新聞第1122号掲載
日本労働者協同組合連合会理事長としての最後のメッセージ

仲間たちの思い出

日本の仲間たちから

自主自立を貫くこと

たくさんの永戸さんの言葉の中で「納得のいかない事とは戦う事」「組合員(仲間)の変化成長を信じ抜く事」「誰かの責任にするのではなく、自主自立を貫くこと」が心に残っており、指針となっている。

牛草賢二・九州沖縄

若手一人ひとりの話に

事業本部で開催された若手職員向けの集まりにお越しいただいた際、永戸さんは私たち若手一人ひとりの話に丁寧に耳を傾け、現場での悩みや思いを聞いてくれ、とても嬉しかった。「若手が頑張らなければいけない。次は誰が仕事を獲得するんだ!」と熱い言葉で激励してくれた。

東翔人・九州沖縄

ぼろぼろ泣く永戸さん

家が近かったこともあり、永戸さんの家に行って新年会。ギターを持ち込んで大合唱をしていた。卓君がなくなり、コロナ明けで初めてやった新年会に小澤君と奥さんが来て、ギターとフルートでみんなで谷村新司の昴と美空ひばりの川の流れのようにを歌ったら、永戸さんがぼろぼろ泣いていたのは今でも忘れられない。

成田誠・埼玉

己が何を為すのか

永戸さんとの会話で「独裁的に決めることも必要」と話された場もあった。一人ひとりの主体性を引き出すことが大切であるとともに、「己が何を為すのか」というトップリーダーとしての明確な指針・思い・使命・生き方を示したことが「独裁的」という言葉にもつながっている。

相良孝雄・北関東

「翔け!」「翔べ!」

最初に全国異動を命じられた時やポイントになる場面で必ずと言ってい いほど「翔け!」「翔べ!」と言われた。その言葉が私自身の背中を押す、どれだけ意味の深い言葉であったか。

坂本典孝・北東北

おでんとキムチ鍋大量

2月5日退院され、その後自宅にお見舞いに行きましたが、「ワインを買ってこい、赤と白と1本ずつ」と。おでんとキムチ鍋も大量に作っていてくれ、焼酎や日本酒も飲んで、いつもの永戸さんだ、復帰も近いのではないかと安心する場面でした。
厳しいところもありましたが、本当に優しい人だった。怒られても鼓舞されても、本当に元気とやる気を何度も何度ももらいました(一度本気で怒鳴られたときは怖かった)。

稲葉健太・社会連帯

分散会では別人のよう

新所長研修だったと思うが、分散会メンバーに永戸さんが入っていて、いつもとは違う笑顔で過去の自分の経験を、私の正面に座って話してくれた時、「あなたもそう思うだろう」と言葉を掛けてくれ、「はい、そう思います」と答えた。優しい眼差しで、一人一人に語り掛けてくれていたことを鮮明に覚えている。いつもの壇上で叱咤激励を鼓舞する永戸さんとは別人のようだった。
(北合同拡大エリアマネージャー会議レポートより)

稲葉健太・社会連帯

優しさ湧き出る顔で

「働くとは何か・なぜ働くのか、どう生きていくのか」を、常に問い、様々な場面でエールを投げかけてくださるときの真顔ながら優しさが湧き出るような穏やかな顔で、「やらなくては」…から、「一緒にやるんだ ! 前に進むんだ !」に、変換していく心の支えだったように思います。

金山ふみ・九州沖縄

ライターを借りた際

自身の不満を法人批判に転嫁する日々を過ごしていた頃、ある会議の喫煙所で近くにいた永戸さんにライターを借りた際、「協同っすね」と冗談めかして感謝を伝えたところ、穏やかに笑ってくれた。

牧野仁嗣・山陰山陽

声小さい、はっきりと

「全国地域おこし名人・達人サミット桶川北本」での活動の中で「お前は声が小さい、もっとはっきり話せ」と注意を受けた。実行委員会では常に熱く語り、言い合いになることもありながら、本音で向き合っていく。打ち上げで、「一番変わったのは関根だ」と言われた。その期待に少しでも応えられるよう、真摯に取り組んでいこうと思っている。

関根宏樹・埼玉

物事の根本捉えて行動

20年前、就職超氷河期で連戦連敗の就職活動に自暴自棄になる中、タイミングよく誘われた協同労働という世界に事務局員候補として飛び込む際、永戸さんに最終面接で当時世間を賑わせていた郵政民営化選挙について問われた。社会の何たるかも知らない未熟者に滾々と民営化の悪影響とその根本を説かれ、「物事の根本に接して自ら捉え行動できる人間になれ」と言わんばかりに採用が決まる。
その後、若者自立塾という社会の根底で悩み苦しむ若者を直視する現場に赴任、協同労働と若者支援とが直結した経験は全ての基になっている。

小椋真一・南東北

ニコニコ握手に恐縮

2010年、所長になりたてで、事業本部長さえも雲の上の人だったのに、所長会議を行う会場の受付でいつもニコニコされて会場に入ってくる方たちを迎え入れ、終了時にも会場の出口で立たれて握手をしてくださった方が永戸さんでした。会議の中のお話では恐れをなすのに、ニコニコして握手してくださる永戸さんにとても恐縮したのを覚えています。12年から東関東の社会連帯理事となり、常に主体性と主人公であることの重要性を問われ、地域に必要な仕事を起こす、そこには社会連帯活動が両輪で必要なことを学び続けてきました。

小林文恵・本部

社会連帯経営を軸に

東北復興本部時代、5周年記念を亘理町で行った際、「そもそも地域の力を引き出し、奮闘する仲間達へ、はじめから『社会連帯経営』で進めと言っていれば、受動性を超えて自立性を高め、まちづくりへ向かえていたかもしれない ! これからは『社会連帯経営』を軸として、苦しみや苦悩から自分達の生きる場、働く場を導いていって欲しい」という強いメッセージを伝えられた事を鮮明に記憶している。
(北合同拡大エリアマネージャー会議レポートより)

池田道明・南東北

韓国の友人たちから

愛と連帯の種は豊かな実を

永戸祐三さま

私は今日、人生の多くを失業者たちと労働者たちの協同労働運動のために献身されたあなたを記憶し、深い感謝と哀悼の気持ちをお伝えします。あなたは私に一人の献身がどのように共同体を起こし、また世代と国境を越えて希望の種となるのかを自ら見せてくれた方でした。
あなたは仲間たちとともに日本の労働者協同組合運動の基礎を築き、日本労働者協同組合連合会の眩しい成長の中心に立っていらっしゃいました。 失業と貧困、社会的排除の中で道に迷った人々に、あなたはいつも「協同の力でともに立ち上がることができる」という信頼を植え付けてくれました。協同の精神が単なるスローガンや制度ではなく、人を再び生かす道だということを、あなたの人生を通じて絶えず証言しました。
特に、韓国の労協運動と自活運動に従事する活動家たちに見せてくださった友情と連帯は、私と韓国の同僚たちの記憶の中に深く刻まれています。 国境を越えて互いに学び助け合うことは決して容易な道ではありませんでしたが、あなたはいつも心を開いて韓国の現場を直接訪ねて来て、互いに学ぼうとし、韓国の困難と課題を自分の仕事のように傾聴し、ともに討議しました。 私と同僚たちはあなたが見せてくれた姿から同志的連帯の真の意味を学びました。
私にとってあなたは、弱い人々の傍らに立つために相手と対等に対話する術を知っていて、共同体が前に進むべき時は誰よりも明確なビジョンと信念を示した方でした。 今日、私にはみなさんと一緒にあなたを偲ぶ時間をともにできない残念さと申し訳ない気持ちが溢れています。その想いを古村理事長と組合員の同志たち、そしてご遺族のみなさまにお伝えしたいです。そして、私にとって協同労働運動の大きな先輩であり、とても心暖かかった友人をこうして見送る深い悲しみもお伝えします。
永戸祐三さん、あなたが人生をとおして私に送ってくださったすべての贈り物に心から感謝します。あなたが撒いてくださった愛と連帯の種は、これからも韓国と日本、そしてアジアのあちこちで育ち、より豊かな実を結ぶでしょう。
どうぞごゆっくりお休みください。私と韓国の友人たちはあなたを長く記憶するでしょう。

韓国社会投資支援財団理事長 キム·ホンイル


大切な大切な物語として

「おい、ちょっとあの歌を歌ってくれないか」
韓国の民主化運動を象徴する歌『あなたのための行進曲』
私よりその歌が好きだった方として、私はあなたのことを記憶しています。

「ソンさん、世界の労働者協同組合運動は、変わることが必要じゃないか?」
歳月は流れ時代は変わっても、守るべき約束を胸に抱いて生きてこられた方として、私はあなたを記憶します。

「さあ、酒でも一杯やろうじゃないか。 ハハハ」
お会いするといつも明るい笑顔で気さくにあたたかく私を歓待してくれた方として、私はあなたを記憶します。
ある人は、人生とは自分自身の物語を書き綴る一編の小説だと言いました。嬉しい話は、傷ついた人々を慰めたり、挫折した人々には再び立ち上がるための力を芽生えさせたりします。
あなたのお話は、海の向こうの異国の地にいた私にとっても、人生の方向を見失って躊躇していた時に行くべき道を照らしてくれた星でした。
歴史というのは、過去の物語が伝承され、現在で受け継がれながら、未来につなげるものです。
あなたが見せてくれた他者への愛と共同体・大衆運動にその身を捧げた物語は、多くの人々に語り継がれ、新しい未来につながっていくでしょう。

「ソンさん、労働者協同組合運動についてどう思う?」
今でも私にそう話しかけ、あの明るい笑顔で笑いかけてくれそうなあなたのことを、これからは大切な大切な物語として私の心の中に刻む時がきました。 人生は有限で、誰もがこの世を去ることが道理ですが、あなたが生き抜き、書き綴ってきた人生の物語は、私の心の中で永遠に記憶されるでしょう。

どうぞ安らかに眠ってください。あなたのことを最高の友人として記憶します。たくさんの愛をあなたへ

韓国であなたを尊敬する韓国労働者協同組合連合会初代会長 ソン·インチャン

これからもつながる場へ

永戸祐三さんが制作に尽力された映画「医師 中村哲の仕事・働くということ」の最新情報を掲載します。

おわりに/運営から

日本社会連帯機構からの言葉を載せます。日本社会連帯機構からの言葉を載せます。日本社会連帯機構からの言葉を載せます。日本社会連帯機構からの言葉を載せます。日本社会連帯機構からの言葉を載せます。日本社会連帯機構からの言葉を載せます。日本社会連帯機構からの言葉を載せます。